「ちょっと!2階の部屋まだ片付かないの?」
階段の下から母の怒鳴り声が聞こえる。
「もう少しで終わるから」
私はそう返し、押し入れから最後のダンボール箱を引っ張り出した。
「解体工事、来週なんだからね!早く終わらせなさいよ」
「わかってるって」
お爺ちゃんが死んでから、何ヶ月が過ぎただろう。
夏休みくらいにしか来れなかったこの家には、特に何の思い出も残っていない。
私は淡々と箱の中身を分別する。
お薬手帳は燃えるごみで、幼い頃の従兄が忘れていったと思われる、角ばった赤いヒーローの人形は燃えないごみ。
中身を全てごみ袋に移し替え、空になったダンボール箱を畳んで廊下に立てかけた。
「お母さん、終わったよ」
1階に向けてそう叫んだが、振り返ると壁に額縁が飾ってある事に気付く。
これも棄てるかな。
そう思って額縁を外した。
たぶん、そんなに良い額縁ではないだろう。
中に入っている絵も、孫の誰かが描いたであろう子供の落書き……。
あぁ、これ私の絵だ。
落書きなんかじゃない。
小学校の、初めての運動会の後に描いた絵だ。
隣の男子がふざけて机を揺らすから綺麗に塗れなかったけど、慣れない絵具で懸命に塗ったやつ。
母にもクラスメイトにも笑われたけど、一生懸命描いた事を褒めて欲しくて、夏休みにお爺ちゃんの家に持って来たんだ。
お爺ちゃんは笑顔で「天才だ」って言ってくれた。
すごく嬉しくて、図工の授業が大好きになった。
それでも絵が下手な事には変わりなくて、中学に入る頃には絵の楽しさなんて忘れてしまった。
「何よその下手な絵」
いつの間にか階段を上がってきていた母が後ろから覗きこむ。
子供の絵なんだから下手で当然だろう。
そんな絵を、お爺ちゃんはずっと飾っていてくれたんだ。
遠くに住むお爺ちゃんとの思い出なんて、何もないと思っていた。
気付くのが遅すぎたんだ。
せっかく、昔の感情を思い出せたのに。
もう、私の絵を褒めてくれる人はいないのかな。