「大丈夫だよ、友達出来たし。サークルも入ってる。
は?彼女?は?そのくらいいるし。てか関係なくね?
カーチャンは心配しすぎだって。それじゃあ、用事あるから」
オレはそっと通話を切った。
もう2週間、外に出ていない。
さっき起きたばかりだと言うのに、空には満月が輝いていた。
一体誰の許可で夜になってんだ。オレ、今日まだ何もしてねーよ。
食糧のストック(うまい棒)がなくなった事を思い出し、
いやいやながら外出を決意する。
財布、いくら入ってたかな。
カバンを漁ると、指先に重い箱がぶつかった。
高校のとき、バイト代を貯めて買ったデジカメだった。
あの頃はただ写真を撮るのが楽しかった。
写真家になりたいなんて、無茶なこと言ってたっけな。
気付いた時には、カメラなんて大嫌いになっていた。
担任に、そんな無駄な事はやめて受験勉強をしろと言われた。
雑誌のコンテストにも、ことごとく落選した。
自分の才能のなさを思い知らされ、二度と写真は撮らないと決めたのに。
何か棄てられなくて、引っ越し先にも持ってきてしまった。
夜風の中、オレはカメラを片手に川沿いを歩いていた。
かすかに残る桜が街灯に照らされ、薄気味悪く、
それでいて懸命に咲いていた。
カメラを構えてみる。
ずっとカバンの奥で眠っていたそれは、当然電源なんて入らない。
橋の向こうにコンビニの、目に痛いほど明るい看板が見えた。
財布を開く。
野口が2枚入っていた。
「アッザッシター」
やる気の感じられない店員にイラつきながらも、
オレは乾電池とうまい棒(めんたい味)を買ってやった。
ほぼ無職のオレでも、このくらいの社会貢献はできるのだ。
コンビニの前の無駄に広い駐車場。
その隅に座りこみ、デジカメの電池を入れ替える。
一匹の猫らしき生物が寄って来た。
ベージュか黄土色一色の、妙な猫だった。
お前UMAか?まぁいい、オレの再起の最初の……
何だ、記念すべき1枚目はお前にくれてやろう。
カメラを構えファインダー越しに猫を覗きこむ。
「フラッシュ、焚かないで」
女の声がした。
顔を上げると、やけに明るい黄緑色のセーターを着た女が立っていた。
「目が悪くなっちゃうから、フラッシュ焚かないであげてね」
眼鏡の幸薄そうな女は、それだけ言い残して去って行った。