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​頭の中の箱の中の

 もしもし、もしもし。

 ああ、お医者さんですか。ご相談したいことがあります。

 どうやら私の頭の中に箱ができたようでして。ええ、箱です。そうですね、片手に乗るくらいの。ええ。

 あ、そうでないんです。はい、取り除く必要はないんです。特に不便を感じてはいないので。箱はこのままで良いんです。でもあの、中身を出してほしくて。

 実は…息子が入ってしまいまして。

 昔から内向的な子ではありましたけど、まさかこんな所に閉じこもるなんて…。狭いでしょうに。夫はね、放っておけばいいなんて言うんですけどね。だけどこのままじゃご飯も差し入れてやれなくて。ほら、頭の中でしょう。手も入らないんです。こんな所に一体どうやって入ったんだか…。…まあ、ちいさい頃から器用な子でしたから。

 それで、息子を出すことはできるでしょうか。

 ああ…そう、そうですね、診てもらわないと。

 あの…できれば、お医者様に、こちらに来てもらうというのは…。

 いえ実は、お恥ずかしい話なのですが、夫が。ひきこもりなんてみっともない、近所の方に知られるといけないから、息子が出るまでお前も家から出るなと…。本当にあの人は世間体ばかり気にして、それだから…。

 ああすみません、愚痴になってしまいますね。とにかく息子を…。

 あら。

 ちょっとすみません、頭の中で物音が。あの子どうしたのかしら。あら! シロ? シロじゃない! あ、すみません、うちで飼ってる猫なんです。息子によく懐いていて。あの子が入れたのかしら。箱の中にシロまで入ってきたみたいなんです。どうなんでしょう、猫なんだから狭い所は好きだと思うんですがね、小さな箱の中にあの子とシロと一緒に入って、流石に苦しくないんでしょうか。

 あら。

 あらシロ、ちょっとダメよ! もう、最近はおさまってきたと思ったのに。シロが爪でひっかいてるんです箱の中を。たまに壁や何かで爪とぎをすることがあって…。その度に叱って最近はしなくなったんですけど…。

 …何の音かしら。

 爪とぎ? ああ、いえ爪とぎの音だとは思うんですけどね。なんだか音が大きくなってきたというか、なんでしょう、何か裂くみたいな。あら息子が何か言ってます。

「駄目だよシロ箱が壊れて」

 痛っ。すみません。急に頭痛が…ずきずき…ひっかかれるような…切られるみたいな…すみません…お医者さん…少し休んで…かけなおし……

 

「お母さん!? お母さん! お母さん!」

「やっと出てきたのか? 何を騒いで…おい! お前…しっかりしろ…目を開けろ!」

「にゃー」

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